師匠と先生

日本では師匠と先生とは違います。先生は「先生」ですが、師匠のことは「師範」と呼ばれています。そのような考え方は、日本においては武術以外の世 界にも浸透しています。私は何度も日本国内を旅しましたが、その都度よく聞いたのは、職業に関係なく、その道に通じている人のことを先生と呼んでいるとい うことです。
豊島師範がかつて私におっしゃったことがあります。それは、基本的に禅で言われる観念を持っている人は何でも上手くできるということです。ですから、そのような人はすべての人にとって先生となりうるわけです。また、それがその人が先生と呼ばれている理由です。

西 洋で私はよく「私はまったく上手にはなれません。」ということをよく耳にしますが、そんな時、私はこう答えます。「それは違います。それはやってみないと まだわかりませんよ。」と。そのようなことは私自身にもありました。日本人と私との間に言葉の壁があって、身振り手振りで、時には紙に文字や絵を書いたり してコミュニケーションを図っていました。彼らは、他の人ができることを見たり聴いたりしようと努力することで、それを克服していたのです。そういう経験 はヨーロッパではしばしば懐かしく思います。

日 本では禅の影響が人々の日常生活に染み付いているので、その生活様式、注意深さ、尊敬の念、丁寧さが求められます。このことは毎日の職場においてよく見ら れます。お互いに教えあっているのです。先生や師匠になるために、ヨーロッパではよくあるように、見栄を張ったりする必要はありません。日本では見栄を 張ったりすることは、むしろ無作法なことだと思われています。禅が示しているように本当の先生というのはシンプルな先生なのです。真正で澄んでいるので す。もちろんそれはその人自身の人柄や厳しさにもよります。そしてなんとか良くなろうとする努力が大切なのです。

私はヨーロッパで多くの免許を持っただけの、高い役職に着いているうわべだけの「先生や師匠」を見てきました。エーリッヒ・フローム氏の言葉を借りれば、そのような人間は、いかに生きるかというよりも、いかに物やお金を手に入れるということが重要なのです。
実際のところ私はヨーロッパではきちんとしつけられ、一生懸命勉強している学生が多いと思っていました。しかし、彼らはいつもその成長を先生たちから妨げられていたのです。それは先生たちに自信や責任感がないことの証明です。

日 本では法律上また政治上の構成において、つまり社会においては、孔子の思想の影響によって規律と礼儀正しさが重んじられています。また、そこでは階級制度 により成り立っています。階級制度はヨーロッパでは苦い過去があります。その結果、その制度は批判はされていますが、私は筋の通ったものだと思います。

師 匠は先生よりひとつ位が高いのです。先生もまたもちろんいつも生徒を教え、彼らを育てています。しかし、師匠は先生を教えます。決定的に違うのは、師匠は すべての生徒に対して責任を持っているということです。つまり、師匠が先生と違う点は、生徒と彼らの教育に対する知識や意識に責任があるということなので す。これは生徒にとって個人的な気配りです。生徒や先生は自分自身が自覚するために、助けや道しるべが必要です。その手助けをするのが師匠なのです。

私 はすでにだいぶ前から、自分の人生を武田流中村派の道場に捧げるつもりでいます。それは、私にとって最初から明らかでした。自制心や自己犠牲の精神無しに はそれは上手くいかないと思っていました。もし一度師匠の手の中に飛び込んだら、悪くされることはありません。ですから、あなたは信頼しなければなりませ ん。 しかし、ヨーロッパで私はまだ不幸にも本当の師匠に出会ったことがありません。私の努力や時間、礼儀はただただ利用されてしまっただけでした。そこで、深 く考えた末に日本へやってきました。そして、幸運にも多くのすばらしい師匠たちにめぐり合えることができました。

師匠の特徴は?


彼 らは一口に言うと人間味にあふれ、正直で、思いやりがあり、落ち着いています。豊島師範は例えば、彼の生徒たちに無料の英語のレッスンも行っています。彼 はいつも笑顔で私に「私の生徒は私より頭がいいんです。だから私はとてもハッピーですよ。」とおっしゃっています。私がヨーロッパ人として初めて居合い術 の5段の昇段試験を受けたとき、日本の師匠の皆さんは私が試験に受かるように祈ってくれました。そのときは残念ながら上手くいきませんでしたが、その後、 彼らは私のもとへ来て下さり、稽古を手伝って下さったり、色々とサポートして下さいました。ただ親切な、思いやりのある言葉で昇段試験に失敗した私を慰め て下さいました。このような人こそが私が思う師匠なのです。生徒一人一人に責任感と思いやりがあるのです。

どうかみなさ ん、学位や免許などはどうか燃やしてしまってください。人間性や思いやり、責任感はそのような紙切れの中にはありません。あなたは師匠がどのような技術や 知識を持っているのか見当がつかないでしょう。また、その人が師匠なのか、違うのか見当はつかないでしょう。しかし、その人が人間味にあふれ、思いやりが あり、正直な人かどうかは感じることが出来ます。もし、そう感じることができれば、その人はあなたにとって本当の師匠だといえるでしょう。

最も重要な師匠としての質


師 匠は常に自分自身を磨くために切磋琢磨しておられます。中村宗家は今もなお、週に3回は生徒を指導されていらっしゃいます。80歳の誕生日が近いのです が、彼はすでに60年間もの間指導されていらっしゃいます。豊島師範は30年以上の間、週に6回指導されていらっしゃいます。また、森田師範は30年以上 の間、週に4回指導されていらっしゃいます。

働き、教え、自らも稽古する


どんな位や、免許、学位を持っているかは重要なことではありません。 以前私がヨーロッパの「師匠」から「練習はそれが必要な人だけのためにあるものだ。私はすべてを知っているから、自分で練習する必要はない。」と聞いたことがあります。そのコメントはまったく無意味なものです。